コンピュター診断と臨床医の診断

先日、私の外来であったことです.このようなことを私は、過去にしばしば経験しており、日本の専門医制度の悪いところだと思いますが、皆様はどう思うでしょうか?

薬物療法にて過去10年間ほとんど発作のなかった発作性心房細動の患者が、最近1分程度持続する突然の意識消失発作と脱力発作をくり返すため近医より神経内科へコンサルトされました.神経内科医は、施行された脳波、CT、MRIが正常であったので「あなたの神経学的検査はすべて正常です.神経疾患では説明できないから循環器内科で調べてもらいなさい」と説明されました.患者はなお、1週間に何回かの意識消失発作があり、その神経内科医に循環器内科へいけといわれたため、私の外来にこられました.神経症のような病歴ではありません.

ホルター心電図では予測通り、何も異常がみつかりません.病歴とあわせると、不整脈による意識消失発作とは考えにくいのです.しかし、我々のまだ認識していない特異なアダムス・ストークス症候群かもしれません.

医師の役目は、患者の持つ様々な問題に対し、患者が納得できる説明をすることです.私は、「いろいろな検査は正常ですが、異常が発見できないので、致死的なものは考えにくいと思います」と説明し、症状があるのでマイナートランキライザーを投与し、1週間経過観察することにしました.幸い、1週間後にそのような発作は減少し、原因は分かりませんが患者は日常生活が可能になりました.

現在、日本の専門医の多くは、自分の専門分野の一定の検査をして正常なら患者に「大丈夫です」と説明しがちです.このような専門医になるのはきわめて簡単です.患者の全体像をみないで、小さな自分の専門分野における現在施行可能な検査が正常か異常かというだけでは、真の専門医といえないように思います.そのような診断ならコンピュータで十分です.

人間の体は、わからないことだらけです. 現在(1998年)における種々の検査は正常を示していても、10年先には異なった検査では疾患に分類されるかもしれません.もちろん、MRIによる無症候性脳梗塞やカラードプラー心エコー図によるドプラ弁膜症等の臨床的意味が少ない疾患をみつけ、患者にみだりに不安を与えるのも感心しません.患者の症状に対して謙虚に考え、患者から新しい疾患の概念、意外な予後を教えてもらい、自分の知識をたかめていくのがコンピュータ医ではない臨床医の醍醐味であり、我々内科専門医のつとめであると思います.

天理よろづ相談所病院 循環器内科 伊賀幹二